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食の大正・昭和史 第六十九回
2010年03月25日

『食の大正・昭和史---志津さんのくらし80年---』 第六十九回

                              月守 晋


●志津さんの結婚と婦人雑誌(2)

前回は昭和6年の「主婦之友」3月号「家庭円満方法号」の内容を紹介した。

今回は同じ昭和6年の「婦人世界」3月号の内容を紹介しよう。

この年の秋、広島の山間の農村出身の哲二と結婚することになる志津さんは当時の多くの結婚を控えた女性たちと同じように、参考にするためにこうした婦人雑誌の記事に触れることもあったと思われる。

この号の“売り”は「どうしたら良い児が生まれるか」という特輯(集)で、次のような内容になっている。

   *こうして良い子を―良い子を得る秘訣公開 帝国大学教授・医学博士永井潜
   *ほんのちょっとした心がけで よい子が出来る 本誌主筆池田林儀
   *結婚の理想的年齢は何歳か 医学博士齋藤玉男
   *何を食べれば良い児が生れるか 医学博士高田義一郎
   *夫として何を注意したら良い児が生れるか 女医竹内茂代
   *良い児を生む胎教十則 医学博士杉田直樹
   *良いお母さまが語る胎教の実験談
   *良い子を生む母親の心得十ヶ条 医学博士今井環  
   *血族結婚は果たして悪いか 帝国大学教授・理学博士三宅驥一

内容は80年前のものとはいえおおむね穏当なものである。高田博士の論はヴィタミンA、D、Eを多く含む食品の摂取をすすめているものだし、杉田博士の胎教10則も、要は母胎に負担のかかる過度な行為を戒めるというごく常識的な教えにすぎない。

医学・科学の進化した今日でも正しい常識として受け取られるだろう。

しかし「良いお母さまの語る胎教実験談」には“???”となる話もふくまれている。たとえばクリスチャンであった母親が妊娠中に宗教上のことで非常に悩んだために生まれた児が精神病を煩ったとか、英語の教え子のような美しい二重瞼(まぶた)の児をと願ったら親たちや兄姉にも似ないくっきりとした二重瞼の女児に恵まれた、というような“実験談”である。

また「遺伝」について論及した記述などを読んでいると改めて今日の科学が到達した深化の度合いを感じさせられる。

「主婦之友」昭和6年3月号にはゲイリー・クーパーとマレーネ・ディートリッヒ共演の米映画の名作「モロッコ」の宣伝やウテナ水白粉の広告に新派女優の水谷八重子(初代)が登場していて、このころが青春期だった年代の者にはなつかしい雑誌なのだが、それはさておき本題にもどろう。

結婚してすぐに台所を預からなくてはならない新婦のために「主婦之友」は次のような料理記事を提供している。

   *料理に上達する秘訣(料理講座第3講)
    ――家庭料理の本領はこういうところにある――

   講師は本山荻舟(てきしゅう/明14~昭33)。新聞記者・大衆作家として知られ東京京橋で料理屋を経営する食味研究家でもあった人である。『飲食日本史』(昭31)、『飲食事典』(昭33)など食に関する著作が多い。

講座は目分量と手心、我が家の味、材料が主で加工は従、材料を見分ける眼、手順が第一、という5つの小見出しで進められていてこの小見出しを見るだけでも家庭料理には何が大事と荻舟が考えているかわかるだろう。

まず大事なのは自分で実際に作ってみて経験を重ね自分なりの料理法を身につけることで、台所がどれほど合理化され計量器が完備されても作り手の“手心”抜きでは美味しい料理はできないという。

そして“手心”とは、生産地や季節による材料の品質の違い、人数の多少や使える調理道具・調味料の違に応じて“手加減をすること”だというのである。

家庭料理で必要なのは料理屋料理の模倣ではなく“我が家の味”を作ること。そのために必要なのはいい材料を入手することで、安ければいいという考えはまちがっている、と。

「頭のいい女性(あるいは男性)は料理上手」という慣用句を思い出させる講座である。


川上弘美
2010年03月25日

35「湿ったチョコウエハースを、しかたなくわたしは一人で食べた」
    

   「星の光は昔の光」/『神様』/川上弘美/中公文庫

川上弘美『神様』はとても不思議な9編の小編が集められた短編集です。

たとえばこの短編集の冒頭に置かれている「神様」は、
「くまにさそわれて散歩に出る。」
というフレーズで始まります。

「えっ、くま!?」

そうなんです。このくまは雄の成熟したくまで、三つ隣の305号室につい最近越してきて、引っ越しに際しては同じ階の住人には引越し蕎麦をふるまい、はがきを10枚ずつ渡してまわるという実に気遣いのいいくまなのです。

「わたし」はこのくまと散歩のようなハイキングのようなことをしたりして“ふつうに”つきあっていくのですが、その不思議な状況が読み手にはすんなりと受け取られます。

「あとがき」によると『神様』はパソコン通信の第1回パスカル短編文学新人賞を受賞した小説だということで、それは94年のことでした。その2年後には『蛇を踏む』で第115回芥川賞を受賞しています。

2001年に発表した谷崎潤一郎賞受賞の『センセイの鞄』の文庫本の解説(文春文庫/木田元)には川上自身の言として「…私の小説の中では、時間が真っすぐに流れない」という言葉が引用されていますが、『神様』を読んでいると3次元のこの世の世界に4次元か5次元か、異次元の世界がぐにゃりと入り込んできているような感覚に捕われます。

冒頭に揚げたのは、「星の光は昔の光」の中の一節で、チョコウエハースは「わたし」の隣の隣の304号室で大部分の日を母親と2人でくらしている「えび男くん」が来たときのために用意したものなのです。

チャイムをとても柔らかい音で、必ず2回鳴らす「えび男くん」が「わたし」の部屋を訪れなくなって何か月か月日が過ぎ、「わたし」も「えび男くん」のためにチョコウエハースを買うことをやめてしまった1月の半ば、夕方の散歩の坂道で「わたし」は久しぶりに「えび男くん」に再会します。

「えび男くん」に誘われるまま焚き火の匂いのする方へ行ってみると、それは「どんど焼き」の火煙でした。

花のように小さな丸い餅を飾りつけた木の枝が何度か回ってきますが、2人にはその餅が回りません。それを見ていたおじさんがみかんを2個ずつ2人にくれます。

みかんをポケットに歩きながら「えび男くん」は「星は、寒いをかたちにしたものじゃない」「星の光は昔の光でしょう。昔の光はあったかいよ」と言うのです。

「えび男くん」の「えび」が好きなのは、めったに帰ってこないお父さんのほうなのです。


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