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食の大正・昭和史 第九十二回
2010年09月22日

『食の大正・昭和史---志津さんのくらし80年---』 第九十二回

                              月守 晋


●医者のすすめる“満州ぐらし”②

『満州に適する健康生活』の著者牛久医学博士は「満州に於ける日本人の健康状態を見るに、結核や急性伝染病を始め其の他種々なる疾病に対する罹病率は、内地の夫(それ)に比較して非常に高」い、それは「満州の気候風土が直接原因ではなく、・・・・・・気候風土の異なる満州に於て、内地と同様の生活様式を続けて居った」ことに原因があると説くのである。 「和装を廃して支那服を採用すべし」という博士の提唱はこの信念から出たもので「郷に入っては郷に従へ」の諺のとおり「満州の自然環境の特殊性を認識しその特殊性に順応した合理的な生活を送らなくてはならない」という。

和装を支那服に替える、などという主張はしかし受け入れられるべくもなかった。 満州に移住していた日本人の大半は支那(中国)人に対して強い偏見を持っていたし蔑視してもいたからである。

博士の主張は住宅にも及んでいる。

満州に移住する邦人(日本人)の服装を洋服にせよと叫ぶ一方で和服を棄てられず日本人特有の二重生活を続けているが住居も同様で、レンガ造りの様式建築に畳を持ち込むことはできるだけ限られた部屋にとどめたほうがよいという。

畳には便利な面もあって、かつて日本が統治していた台湾には日本人が持ち込んだ畳の生活を便利に取り込んで生活しているという例をTVドキュメンタリーで見ることもあるし、欧米人の一部に積極的に畳とふとんのくらを実践している人たちのいることもニュースになったりしている。

満州の日本人も畳ぐらしの融通無碍さを捨てることはできず、哲二・志津さん一家が何度か転居を繰り返した満鉄の社宅も外観は立派な洋式建築だったが内部は4畳半・6畳・8畳の畳敷きの和式空間であった。 日本でのくらしとの唯一の違いは火鉢や囲炉裏に替わってペチカが構造体の中央にすえつけられていたことである。

日本人が満州のくらしでいちばん不便を感じたのは緑色の野菜の少ないことだった。

牛久博士は“在満邦人(満州に居住する日本人)”に必要な食生活の改善に関しても多くのページを割いている。

博士が第一に挙げているのはカルシュウム不足である。

その原因は冬期の日光不足と新鮮な野菜の不足に加えて糖分の過剰摂取にあるという。 内地の児童に比して満州の児童は冬の間に大幅に身長を伸ばす例が多いが、これは家屋の構造上、冬の室内温度が高く暖いためであるという。

しかも栄養面では蛋白質と糖分の過剰摂取によって身長だけが伸びる。 骨の質が軟弱な狭長型体質(胸幅のせまいひょろ長い体形)の児童が満州に比較的多いのはこの理由によるというのである。

さらに白米食や野菜・果物類不足によるヴィタミン不足、酸性食品に偏った食事内容によって起きる乳幼児の発育不全、こうしたもろもろの要因が重なって結核その他の感染病に対する抵抗力も弱くなるというのである。

博士は他にも齲齒(うし:虫歯)の多いことも指摘している。

日々の食事の栄養上の欠陥を補うためには博士が挙げているようにほうれん草・大根菜などの青菜類や人参・かぼちゃ・甘諸・大根・かぶ・ばれいしょ・れんこんなどの根菜にみかんなどの果物・さらにはキャベツ・白菜・ねぎなどの葉菜類を毎日の食事で欠かかさぬようにしなくてはならない。 

しかし満州では大豆、白菜、かぼちゃ、ばれいしょ、ねぎ、にんにく、唐芥子以外の野菜類を志津さんが目にすることはめったになかったのである。


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